葛城川・岩子谷
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| 1 概要 | ||
| 岩子谷(イワゴノタニ)は北隣の高天谷が金剛山の谷としてはよく登られているのに比べれば、入る人は少ないと思われる。おまけに、地形図には谷芯に破線がつけられており、普通なら登りに行く気が起こらない。今回はリハビリが主目的なので、この谷を選んでみた。 しかし、入谷してみると、脆いとはいえいくつかの滝はあり、また、谷筋に道はない。地図の破線を頼りに道があると思って気軽に入谷すると、藪にも苦しめられるだろう。 |
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| 2 記録 | ||
| 日時:2003年8月7日 パーティー:単独 コースタイム:五百家(09:05)−菩提寺(10:00)−みそぎの滝(11:40〜12:00)− 横見の滝(13:15)−沢を離れる(14:00)−郵便道への分岐に出る(15:05)−高天滝(15:35) 装備:一般的沢装備、ロープ(7mm×20M) |
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| 3 山行記 | ||
![]() 湧出岳を望む |
先週と同じく船路のバス停で下車し、コンビニで買い物をして五百家の交差点から山を目指す。天候もまあまあで、湧出岳の無線塔もはっきりと確認できる。他方、香芝のわが家のあたりからみると非常に立派な葛城山は、こちらからは意外に小さく見える。あたりを蜻蛉が舞い、梅雨が明けないというのに、夏も終わりの風情だ。 なだらかな山麓を歩きながら、古代の水田耕作にとって、用水路に劣らず排水路の確保がどれだけ重要だったかを思う。水源さえ確保できれば、このような傾斜地では、広大な平坦地よりもはるかに水管理は容易であったろう。 伏見の山よりの地に「菩提寺」がある。ここは、御所市教育委員会の立てた門前の説明板によると「高僧・大僧正行基菩薩が留まり、仏法を弘められたこの地に立てられた「菩提院」の跡である。光仁天皇は、仏教興隆の為に、勅して当郡の田三町を施入せられている。白山の泰澄大法師・高野の弘法大師もこの寺で、参籠修行をされたと伝えている。往時は、伏見千軒と称せられ子院三十余坊が並び建っていた。」といわれる。 本尊の十一面観世音菩薩像は平安時代末期のものとされるらしい。 |
![]() 葛城山と舞う蜻蛉 |
| 菩提寺の先から、簡易水道の取水口の管理のための舗装された小道があり、これに入る。木々のあいだから、河原になにやら怪しげな構造物が見られるが、近づくとなんと堰堤の表面に割り丸太が張られていた。むき出しのコンクリートはたしかに雰囲気をこわすものではある。しかし、なにか妙な感じだ。周辺をキャンプ場に整備しようとでもいうのであろうか。 取水路に沿って谷に入ると堰堤、これを右から越し、藪のかぶさった谷中を進むと小滝と堰堤の先にやや大きめの12m滝が現れた。この辺りの谷の風化度はひどく、直登は論外、高巻きも前日の大雨のせいで泥が軟化しており、かなり気を遣う。右から巻くと上にも小滝がある。 |
![]() 丸太張りの堰堤 |
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![]() 12mの滝 |
右隣の高天谷を間延びさせたような谷筋を進むと、この谷で最大の「みそぎの滝」。下から見えている部分だけでも15mはある。この滝場ももろくてちょっと手が出ない。右から巻き、滝の頭へのバンドを行くが、あとわずかの所で、水を含んだ足下に嫌なものを感じ、上の小滝もまとめて巻く。この滝は高天谷の不動滝(高天滝)よりも立派かもしれない。 一応、斜滝・小滝を数に入れれば、滝の数は多い。しかし、いかんせん倒木は多いし、水流が細いので谷筋でも藪が多い。 |
![]() みそぎの滝 |
![]() 滝は続くが藪っぽい |
もっとも、昨日の五条方面は大雨だったようで、これでもこの谷にすれば水量は多い方なのだろう。流れはわずかに濁っている。倒木をくぐり斜滝をつぎつぎとこなしていくが、寝不足のせいか、しだいに体がだるくなってきた。このあたりでメガネを落としてしまった。少し戻って探してみるが、見つからない。谷の中にはそこそこの斜滝が続くが、藪が覆い被さるようになっているので快適とはとてもいえない。 やがてあまり立派と言えない滝だがチョックストンをもつ2mほどの滝にはばまれる。これは登れず左から巻くと、その上に凹角状を直下する6mがあり、さらに、壁状4m、直瀑4mという連瀑になっていた。ここはまとめて左から巻いた。パーティーなら、この連瀑のなかに入り込めるかもしれない。そうすれば、充実した溯行になるだろう。 |
![]() 連続する斜滝 |
![]() 横見の滝 |
やがて、流れが左へ曲がるところにやや大きい滝がかかる、8mほどか。快適に直登するが、この上はまたも藪の中のナメである。匍匐前進よろしく進むと、赤いビニールテープがあり、左岸より踏み跡が降りてきた。この踏み跡はどこから来ているものか不明だが、崩壊個所にはフィックスロープが張ってある。沢の中には突然に蕗の群落が現れた。この辺り沢で蕗を見ることはまずないので、あるいは誰かの蕗畑ということかもしれない。しかし、気候が合わないのであろうか、とても食べられそうにない。 かぶさる藪をさらにくぐると、赤テープや古いプラ板の地図が出てきた。これは競技オリエンテーリングの跡かもしれない。少し上で水が切れるので、プラ板の所から左岸に登る明瞭な踏み跡をとることにした。しかし、この踏み跡は全然登らず、また下りもしない。 |
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| 踏み跡はすぐに植林の中のしっかりした道になる。あとで地図で検討してみると、この道は標高845mあたりの山腹の緩傾斜帯をまいて行くもので、相当に古いもののようだ。途中で、左手に古い不動明王の像を見る。このあたり、かなり平坦で、水たまりがあるのか蚊がうるさい。 1時間弱も歩いてから、良く踏まれている登山道に突き当たる。ここが郵便道かと思ったが、小さな板に、上でも下でも郵便道に合流すると記されている。右の下りの道をたどると、すぐに郵便道に合流し、そのまま郵便道を高天へ下る。高天神社の休憩所で着替えて鳥井戸に下った。 |
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| 4 溯行図 | ||
| あり | ||
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| 遊びの部屋 | 沢雪山歩 | 里山歩き |