山口神社から竜門岳へ



1 概要    
 竜門岳の頂上周辺は、飛鳥・吉野・桜井・大宇陀という歴史の古い四地域が接しているため、いくつもの峠が山稜を横切っており、また談山神社を筆頭に由緒ある寺社とその遺構が散在している。
 いままで、まったく意識に上ったことの無い山だが、音羽山から大峠まで歩いたことで、その山塊の中心にあがってみたくなった。
2 記録
山口神社
 日時:2003年11月28日
 パーティー:単独
 コースタイム:山口神社(11:45)−竜門滝(12:10〜12:25)
          −竜門岳(14:05〜14:15)−三津八王子神社
          −西谷−佐々羅
3 山行記

山口神社拝殿
 月初めの立間戸谷から、しばらく山を歩いていなかったので、雨の予報ではあったが、薄日が差し始めると家にいられなくなってしまった。
 上市からタクシーで山口神社まで行く。山口神社は奈良の山ではどの山麓でも見受けられるものだが、ここの山口神社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)をまつる高鉾神社と一体化している。山口神社は大山祗神(おおやまつのかみ)をまつる。拝殿前の石灯籠(左)は徳川吉宗の寄進というが、高鉾神社前にある境内の最古の灯籠(右)は文亀三年(1503)の銘があり、この境内は相当古くから神域とされていたらしい。
 神社から左の道をたどると、上水の取水場があり、ここから山道となる。ここに車2台ほどは止められるだろう。

高鉾神社と
文亀三年の灯籠

竜門寺の址
 この登山道は、山口の集落から谷筋を北上して竜門岳の頂上につめあげるものだが、その途中にはかつて久米の仙人などが仙術の修行をしたと伝えられる竜門寺があった。竜門寺は白鳳時代の創建といわれるが平安時代には、清和上皇、宇多上皇、菅原道真、藤原道長らの参詣もあり、大いに栄えていたらしい。この寺には金堂、三重塔、六角堂、僧房などがあったようだが、いまはわずかに塔の礎石址や石碑が残るのみである。
 寺域の遺跡は竜門の滝の上からひろがっており、滝が聖域への入り口だったらしい。しかし、沢の水は何とはなしに濁っているような気がする。

竜門の滝
 竜門寺には元禄の頃には、芭蕉が訪れ、

  酒呑みに語らんかかる滝の花
   龍門の花や上戸の土産(つと)にせん

とよんでいる。滝の下にある右の自然石には、この句がきざんであるようだが、暗くて読み取れない。

芭蕉の句碑

山頂の祠
 竜門岳の頂上へ向かう登山道は、寺址からしばらくの標高390mの二俣を左へ入る。しばらくはなだらかな道がつづくが、標高500mの付近に細流だが大きな滝がある。道はこの滝を大きく左から巻いているので見落とすかもしれない。
 浅い沢中の道は、標高600mのあたりで小尾根に取り付く。この取り付く前の沢が泥の中を流れている状態だったので、沢の濁りの原因が分かった。小尾根を上ると最後はぽっかりと平坦な頂上に飛び出した。
 三角点は「一等」、しかし、山頂を囲む林と天候のためか、ほとんど眺望はない。 

頂上の三角点
 頂上から北へわずかで宮奥方面への分岐を右へわけるが、この道は荒れている。よく踏まれた道を左へ行くと、二万五千には記されていないが大きな送電線が宮奥から吉野へと越えている。この鉄塔の付近は吉野方面の眺望が良さそうだが、今日は雨模様で遠望は効かない。
 雨が近そうなので、三津峠から西谷へ下りることにした。三津峠からはわずかで簡易舗装された急坂となった。普通の車ではとても登れそうにないが、この山域のこの種の細い急坂では耕耘機が活躍するらしい。この急坂を、滑らないように注意しながらくだると、八王子神社に出た。

三津の八王子神社

西谷から
吉野方面を望む
 八王子神社からは普通の車も走れる道になったが、全然車は通らない。ようやく郵便局の配達バイクが一台通った。下るにつれ、雨は心配なくなり、薄日も差してきた。植林の山であるが、吉野方面の遠望では、多少の紅葉も楽しめる。やがて車の音が聞こえるようになると、開通間もない新鹿路トンネルの入り口に出た。
 西谷の集落を過ぎて佐々羅の交叉点あたりまでくると、さすがに平らな道を歩くのがいやになり、スーパーのある交叉点でタクシーを呼んだ。携帯電話の効用というべきか。 

新鹿路トンネル
4 補記
 竜門岳のピークを踏むだけなら、三津(ミズ)の集落の奥にある八王子神社まで車で入り、そこから三津峠を経て山頂に出るのがいちばん楽な道であろう。
(2003.12.9 記)



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