台高・銚子川・岩井谷



1 概要
2 記録
 日時:1993年9月23日〜27日
 パーティー:十時、MOGU(大阪わらじの会)
 装備:一般的沢装備、登攀具一式、幕営用具一式
3 山行記
9月23日(祝日):タクシーで入山。
 前夜発にしたかったのだが、うっかり院生とのコンパを入れてしまっていた。  午後の近鉄で松阪に出て、JRで尾鷲へ。尾鷲では、気分の良さそうな飲み屋 を探し、飲んだくれたあとタクシーで岩井谷の出合へ。タクシーの運転手さん、 先日も同じような客を乗せたが、行き先を間違えたとのことで、えらく慎重に目 的地まで運んでくれる。岩井谷の出合にはバイク置き場があり、夜露を避けるた めにその下に天幕を張ることにする。廃車のバイクや週刊誌、新聞などが散らか っているのでそれらを片づけていると新聞の下からマムシが出てきた。
 うちらの仲間では、マムシを喰った人間は大勢いるが、マムシに噛まれた人間 はいないと言うのが去年までのことだったが、今年は30年の会の歴史で初めてマ ムシに噛まれた人間が出たので、慎重に追い払う。しかし、このマムシ、えらく 権利意識が強く、「この場所には、ワシの方が先に居たんじゃ」と逃げてくれな い。やむを得ずアイス・ハンマーで斬首する。罪の意識が残るが、他に方法を考 えつかない。アマゴやイワナを殺すときには罪の意識がないのに不思議だ。やは り食べることが供養になるのだろうか。
9月24日(金曜日):えらい薮漕ぎの日。
 バイク置き場を後にして、発電所への道を下り、釣り橋の手前より銚子川の本 流へ降りる。本流をわずかに下ると岩井谷の出合である。すぐに10mほどの見事 な直瀑があり、大きな釜に落ちている。雰囲気は堂倉滝に似て実に格調高く、前 途の素晴らしさを予感させる。とりあえず釜を右手に泳ぎ大きな岩の積み重なっ た上によじ登るが、滝の両岸とも見事な壁で手は出せない。左岸の一番手前の7 mほどの垂壁にハーケンを1本打って登り、そこから左岸を巻く。ここは釜の手 前から巻いた方が合理的であったようだがそれは結果論。
 谷中の岩には、苔がかけらほども生えておらずフリクションは抜群。会津では 茶色の水とヌルヌルの苔に悩まされたので思わず鼻歌が出る。その代わり、増水 のときの水勢の強さの痕跡がいたるところにあり、ちょっとした滝壷でも数日前 に今の水面の20mほど上まで水が来たあとがあり、その時の状況は考えるだに恐 ろしい。
 三平滝(70m)、これは凄い滝、対岸にフィックスがあった時にはそれを頼り にテラスにあがり、70mと目測した人がいるので70m。しかし、いまやフィック スもなく、滝の大きさは不明としか言いようがない。滝壷が取水口になっている ので、ここからが本格的な水量。滝は左手から落ち最下部の10mほどが見えるだ けで、どうやったら上に行けるのか。ここは、かつては右岸に梯子が架けられて いたようだが今日では梯子は跡形もなく、その場所にはハングした壁に古びた麻 のロープが垂れ下がっているのみ。ロープにセットされたままのシャントは錆び 付いている。いくら酔狂な遊びに来ているからと言って、こんな所は登れない。 辺りは両岸とも 100m以上の壁、壁、壁。私の力では到底どこも登れない。

 「オーイ、元ちゃん、どこを登ったんだよう。」と思わず言いたくなるが、言 わなかった。記録やアドバイスを見聞きせずに登るのが沢登りだもん。もっとも あそこで叫んでも、答は聞けなかったろう。
 壁の切れ目を探しながら、結局取水口への巡視路を戻ったら、はるばると峠に まで出てしまった。発電所から取水口への峠は、実に気分の良いところで、 Tot さんに尾根筋の偵察に行ってもらって、私はどういう訳かそこにあったスタッフ チェアの残骸(シートの代わりに鎖で体重を受けとめてくれる)で休む。荷物を 軽くしたいので、 Totさんが出ている間にアルコールで汚染された水筒の減量に 務める。なかなか帰ってこないので心配になったころ、「人の通った痕がかなり 先まであります」という報告を持って Totさんが戻る。尾鷲の飲み屋のママさん の顔がちらつきMOGUは「帰ろーや」を連発するが、「今年は、気合いが入ってる んです」という Totさんはイケイケの乗りで相手にしてもらえない。
 切れ切れの踏跡を辿り、3時間ほどの薮漕ぎで谷に戻る。
 この谷には珍しく河原が出てきたところで幕営。 焚火をし、Totさんのおかげ でアマゴの刺身にありつく。

9月25日(土曜日):記憶に残らないほど楽しむ。
 ほとんど、なーんも覚えていない。ただ、梅ノ木谷から別れて本谷に入るとこ ろの陰惨な暗さは、目の調節がしばらくは効かないほど極端で、「本当にこんな 所を登って帰れるんだろうか」と思うくらいにひどかった。しかし落差 100mと されるゴルジュ帯の途中で谷は右へ曲がり、そこからは谷中へ朝日が差し込み、 「オオッ」と感動する渓谷美だった。その上は、ゴルジュの中に釜と滝、こんな 素晴らしい所が、あるんだ。
 ようやく平水量になったので、ついつい泳いだり直登したりが多くなったりし てしているうちにはや夕刻。死人不還谷(なんともネーミングが!)とやら言う 谷の出合の十字峡の手前の河原で幕営。
 ここで、荷物をひっくり返してMOGUは金をどこかで無くして(落とした?)こ とを確認する。「アマゴ1匹、2000円で買うちゃる」と宣言。おかげで Totさん の釣りにはえらく気合いが入り、たいしたポイントも無かったのに、そこそこの 釣果。
9月26日(日曜日)長い長い1日。

 十字峡の少し手前の川原を立ち、右手の本谷へ。この辺りまで来ると流石に水 量が減るが、その代わりに苔なども着き、滑りやすくなってきたい。90mの大滝 が出る手前で、河原の中でほんのちょっとのスリップ。思わず体を支えた私の右 手、岩に小指しかかからない。右手の小指はほとんど掌の方向から90度に曲がっ た。ボキッと嫌な音がした。
 一休みして、指を曲げてみるが一応動くので、まあええじゃろうと出発。しか し、どうやら剥離骨折をしていたのだった。90m大滝、右岸を卷き登るが登れど 登れど落口に出ない。岩登りもどきを繰り返しながらようやく落口へ。  さあ、このペースでは今日中に帰れそうもない。とりあえず今日中に電話のあ るところへ出て、捜索不要の連絡を入れねばと思うが、まだまだ滝は多い。普通 は滝が出てくるとうれしくなるのだが、今回ばかりはうれしくない。右手がモノ を掴めなくなっているので、高巻きでも笹を掴むべき所で笹を抱えるようにして ホールドにするので、動きに制限ができ、時間は刻々と経っていく。
 やっと稜線にでるが、焦っていたため大杉谷(堂倉谷)方面へ降りるべき所を 真砂谷方面に降りて時間をロスしたり、なまじ昔の道を探したりして時間をロス するが、最後はマップと磁石のみを頼りに与八郎滝の源流と思われる谷を下り、 薄暗くなるころ最後は懸垂で堂倉林道にでる。
 寒い、しかしここまで来れば大丈夫。もと営林署の小屋だった粟谷小屋には電 話があったはずだから、少なくとも「無事」の連絡は入れられる。しかし、そろ そろシーズン・オフのことゆえ、管理人はいるのだろうか。真っ暗な中、ここで ジタバタしても始まらないので休み休み粟谷小屋へ。満天の「凄い」星空を楽し みながら林道を歩く。
 小屋の明かりが見えたときはほっとした。小屋番のおじさんを起こして電話を 頼む。しかし、ああ、こんな良い天気では電話はつながらないという。雲がなけ れば、電波は届かないということだった。付近で幕営は出来ないので、水をあら ゆる入れ物に詰めて堂倉の避難小屋へ向かう。堂倉の避難小屋は、再建されたら しく実に立派でかつ綺麗な状態だった。11時過ぎに眠る。

9月27日(月曜日)ラッキーな下山。
騒がれないうちに連絡を入れなければならないので、午前2時に起床、残り物 を腹に詰め込み、真っ暗な中を大台ヶ原の駐車場を目指す。Tot さんのヘッド・ ランプの電池が切れかかっており、暗いうちは意外と時間を喰うがやがて日の出 となる。山は薄明かりからオレンジに染まり、次いで燃えるような赤色の世界。 幻想的な一時を経て日出ヶ岳の山頂へ。7時前の山頂にはすでに4人ほどの人が いた。
 「どこから来られたんですか」
 「尾鷲からです」
 「早いですねー」
 「いやー、遅いんです」
と、小学校の低学年の生徒ほどのお子さん二人を連れたお父さんと声を交わす。
 振り返ると、ここからはなんと尾鷲の海が見える。ここは何度か来ているはず だが、海が見えるのは知らなかった。好天に感謝、そういえば天気が悪くてどこ にも行けないようなときしか大台では遊んで無かった。
 ここからは、 若い(私と比べて、というだけだが)Totさんは走って電話機に 向かう。わが家では誰も心配してないけど Totさんのところは子供が生まれたば かりだもんな。
 遅れて山上の駐車場に着き、バスの時刻を調べると始発はなんと12時30分。
 電話をかけてきた Totさんと、ヒッチ・ハイクの戦術をたてて待つ。
 オオッ、日出ヶ岳の山頂であった子連れのお父さんが大型のボックス・カーに 向かっている。ラッキー、交渉すると下北山に帰るというので方向は逆であるが 伯母谷のバス停までは乗せてくれるということになった。昨日が運動会で、今日 は振替休日で、天気が良いので日出ヶ岳に登ったとのこと。お父さんは、総合的 に判断すると、その学校の先生らしい。自分の子供と同じ学校で教師を出来るな んて、子供が小さいうちは絵になるなー。うちの息子は二十歳過ぎても親父の学 校で遊んじょる。これは、タマラン。
 「無事」の連絡を Totさんが入れたので、ゆっくりと帰宅するが例によってわ が家では誰も心配していてくれない、悲しい。飼い猫が外泊すると、うちのカミ さんは目の色を変えて探しているのに。おまけに息子にダメ押しされた。
 「お父さん、トシなんだから日程に余裕を見なくちゃ」クソッ
 どこかに、二泊三日を四泊五日で登ってくれるシルバー向けの沢の会は無いも んかな。

(1993年11月記)


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